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選手ストーリー

長友佑都はなぜ39歳でも競争から逃げないのか。明治、欧州、FC東京からW杯26へ

明治大学で得た仲間、イタリアでのコミュニケーション、FC東京復帰後の右SB、日本代表での950日ぶり左CB起用から、W杯26での長友佑都をたどる。

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長友佑都が明治大学、FC東京、インテル、日本代表へ進む選手ストーリー用サムネイル
AI-generated image / J Football Hub / 画像はAI生成によるイメージです
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明治大学で得た仲間。長友佑都の競争はそこから始まった

W杯26に向けて、長友佑都を四大会経験のあるサイドバックという肩書に閉じ込めると、大切な部分が抜け落ちる。明治大学で得た仲間を人生の財産と呼び、言葉が全く分からないイタリアでは自分からチームメートへ近づいた。日本代表では、自身が初招集時に緊張した経験を思い出し、若い選手へ声をかける。本人は代表から外される不安も認めている。39歳でも競争の外へ退かない姿勢は、そうした行動の積み重ねで見えてくる。

Meiji NOWのインタビューで、長友は明治大学時代をサッカーだけの時間として語っていない。授業と部活動の両方に向き合い、人間性を磨けたこと、そこで出会った仲間が今も大きな財産になっていることを振り返っている。チームで何かを成し遂げる喜びを知った場所が明治だった。ここでの経験を、海外で成功した理由として単純につなげる必要はない。ただ、長友が人との関係を競技人生の中心に置いてきたことは、この時期からはっきりしている。

プロへの入口はFC東京だった。東福岡高校から明治大学へ進み、2007年にFC東京の特別指定選手としてJリーグの環境を経験する。2008年に正式加入し、J1と日本代表で左サイドバックとして評価を高めた。2010年はチェゼーナへ期限付き移籍し、2011年に完全移籍。その後、同年にインテルへ期限付き移籍し、完全移籍へ進んだ。ガラタサライでも期限付き移籍から完全移籍へ移り、マルセイユを経て、2021年にFC東京へ完全移籍で戻った。

イタリアでは言葉の壁があった。明治大学の取材でも、言葉が分からない中でチームメートとコミュニケーションを取り、冗談や笑いも交えながら関係を作っていった経験が語られている。強い相手に走り勝つことだけが長友の強みではない。自分が知らない場所へ入り、相手に近づき、チームの中で役割を得る。海外でのキャリアは、その繰り返しでもあった。

2025年の代表活動でも、同じ姿勢が出ている。FC東京のインタビューで長友は、初招集時に自分も緊張したことを思い出し、緊張している選手には声を掛けると話している。食事のテーブルを回って、代表としての責任や誇りを伝えようともしている。一方で、若い選手が伸びる中で自分が外される恐怖を「日々怖い」と認め、そこから逃げずに競争へ向かうとも語った。長友の人間性は、明るさの印象だけではなく、怖さを正面から受け止める態度にも表れている。

明治大学、FC東京、チェゼーナ、インテル、ガラタサライ、マルセイユを経て、FC東京と代表で役割を作り直している。FC東京での現在の焦点は、右SBや左CBにも入り、味方との距離と戻る判断で現在の役割を担えるかにある。

家族の支え、チームメートへの声かけ、監督の起用に向き合う姿勢が、長友の経験を現在の競争へつないでいる。

図解
長友佑都のキャリア経路

東福岡高校、明治大学、FC東京特別指定、正式加入、チェゼーナ、インテル、ガラタサライ、マルセイユ、FC東京復帰へ続く流れを、期限付き移籍と完全移籍を分けて示す。

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2010年カメルーン戦。左サイドで代表の信頼を広げた

2010年6月14日、南アフリカ大会のカメルーン戦で、日本は1-0で勝利した。長友は背番号5の左サイドバックとして先発した。公式資料上の日本は4-3-3で、試合中の守備局面では阿部勇樹をアンカーに置く4-1-4-1に近い形で整理できる。カメルーンは4-3-3で、右サイドにはサミュエル・エトーが入り、ステファヌ・エムビアは右サイドバック、ジョエル・マティプは中盤に置かれていた。

長友に求められたのは、エトーの名前に引っ張られて外へ出続けることではなかった。松井大輔、大久保嘉人、本田圭佑が前にいる中で、日本は守備時に全体の距離を縮めた。長友は左外へ寄せる場面と、センターバック横へ戻る場面を選び分ける必要があった。中澤佑二、田中マルクス闘莉王、阿部、遠藤保仁、長谷部誠との距離を保てなければ、カメルーンの右から中央へ入るボールを受け止められない。

この試合の長友は、若さと走力だけで評価されたわけではない。代表の本大会では、クラブより短い準備期間で、隣の選手と同じ判断を共有しなければならない。大久保が左前から戻るなら、長友は背後を閉じる。阿部が中央で受け止めるなら、長友は外へ出すぎない。松井が右で戻る時も、チーム全体の高さは崩せない。長友の対人能力は、その集団の中で機能した。

明治大学時代に語っていた、仲間と一緒に何かを成し遂げる喜びは、代表の守備にも通じる。個人で相手を止める場面はある。それでも、2010年大会初戦の左サイドバックは一人で完結しない仕事だった。自分が寄せた後に誰が中を閉じるのか、自分が戻った時に誰が前を向けるのか。長友はその連続の中で、左サイドを大きく崩さなかった。

カメルーン側の登録位置では、エムビアが守備ライン、マティプが中盤に入っていた。右サイドをめぐる長友の相手は一人に固定できない。エトーの近くで受ける選手、外から上がる選手、中央へ入る選手をまとめて見ながら、長友は自分の出る距離を決めた。

この整理は、長友を一対一の勝者として持ち上げるためではない。右サイドに名前の大きい選手がいても、実際の守備は一人を追うだけでは成立しない。外へ出た後に中澤との距離を戻すこと、阿部が中央を受け止める時間を作ること、前線が守備へ戻るまでサイドを閉じること。その積み重ねが、左サイドバックとしての信頼につながった。

この試合後、長友はチェゼーナへ期限付き移籍する。2010年のカメルーン戦は、欧州挑戦前の代表実績にとどまらず、長友がチームの約束を守りながら自分の強みを出した一戦として位置づけられる。W杯26に向けて振り返るなら、派手な攻撃参加よりも、競争の大きい舞台で要求された役割を担い止めたことが重要である。

図解
日本 1-0 カメルーン、長友が左SBで先発した2010年大会カメルーン戦の推定配置

参照元に基づく配置です。日本 4-3-3系(守備時4-1-4-1)、カメルーン 4-3-3を示します。詳細は折りたたみで確認できます。

場面整理

参照元の試合ページ、公式発表、またはマッチセンターで両チームの先発11人と背番号を確認。ピッチ上の左右、ライン、距離だけを先発時の推定配置として扱い、放送グラフィックや公式座標の転載ではない。

出場選手を表示

日本代表

4-3-3系(守備時4-1-4-1)

  • 背番号21 川島永嗣
  • 背番号3 駒野友一
  • 背番号4 田中マルクス闘莉王
  • 背番号22 中澤佑二
  • 背番号5 長友佑都
  • 背番号2 阿部勇樹
  • 背番号8 松井大輔
  • 背番号17 長谷部誠
  • 背番号7 遠藤保仁
  • 背番号16 大久保嘉人
  • 背番号18 本田圭佑

カメルーン代表

4-3-3

  • 背番号16 スレイマヌ・ハミドゥ
  • 背番号19 ステファヌ・エムビア
  • 背番号3 ニコラ・ヌクル
  • 背番号5 セバスティアン・バソング
  • 背番号2 ブノワ・アスー=エコット
  • 背番号21 ジョエル・マティプ
  • 背番号18 エヨング・エノー
  • 背番号11 ジャン・マクーン
  • 背番号9 サミュエル・エトー
  • 背番号15 ピエール・ウェボ
  • 背番号13 エリック・マキシム・シュポ=モティング

日本 1-0 カメルーン(2010/06/14、2010年6月14日・2010 FIFAワールドカップ 南アフリカ大会/試合開始時)を、長友が2010年大会のカメルーン戦で日本代表の左サイドバックとして先発し、守備の高さを抑えながら代表で評価を広げた試合として参照元に基づき配置。日本は4-3-3系(守備時4-1-4-1)、カメルーンは4-3-3を参照して先発11人の関係を推定した。公式資料上の表記は日本が4-3-3、カメルーンが4-3-3。日本側の表示は守備時の4-1-4-1に近い関係も踏まえ、座標だけを記事用に推定している。

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2011年コッパ決勝。言葉の壁を越えて強豪の一員になる

2011年5月29日のコッパ・イタリア決勝で、インテルはパレルモを3-1で下した。長友は背番号55の右サイドバックとして先発した。インテルはジュリオ・セザル、ルシオ、アンドレア・ラノッキア、クリスティアン・キヴ、ハビエル・サネッティ、チアゴ・モッタ、デヤン・スタンコヴィッチ、ウェスレイ・スナイデル、ジャンパオロ・パッツィーニ、サミュエル・エトーとともに長友を送り出した。エトーとパッツィーニが前線に並び、終盤には途中出場のディエゴ・ミリートも得点した。

この試合は、インテルで有名選手と一緒にいたというだけの話ではない。長友はチェゼーナからインテルへ期限付き移籍し、短い期間で強豪のロッカールームへ入った。Meiji NOWのインタビューでは、イタリアで言葉が全く分からなかったこと、しかしチームメートとコミュニケーションを取りながら学んだこと、冗談や笑いを使って距離を縮めたことが語られている。人に近づく力は、ピッチ外の性格紹介ではなく、チームに残るための実務でもあった。

右サイドバックとしての役割も簡単ではない。サネッティが近くにいる時は、外の高さと内側の距離を合わせる。スナイデルが中央で前を向くなら、長友は相手の切り替えに備えて戻る位置を取る。エトーやパッツィーニが前線にいる試合でも、サイドバックの判断が遅れれば、攻撃後の背後を使われる。長友は走力だけでなく、強豪の選手たちの立ち位置を見ながら自分の一歩を決める必要があった。

決勝を右サイドで先発した事実は、長友が左サイドバックの専門家という評価に収まらなかったことを示している。左で培った対人と上下動を、右でもチームの約束へ合わせる。言葉が不十分でも、練習と試合の中で自分の信頼を作る。そこに、長友の海外挑戦の核心がある。

インテル公式の当時の先発リストでは、ミリートはベンチスタートだった。だから、この試合を語る時に、長友が最初からミリートと同じ前線の構図でプレーしていたようには書かない。前線の主役はエトーとパッツィーニであり、長友はその背後で右サイドの守備と攻撃参加のタイミングを合わせた。

この経験は、ガラタサライやマルセイユ、そしてFC東京復帰後にもつながる。クラブの国や言語が変わっても、最初に求められるのは過去の肩書ではなく、今日の練習でどう振る舞うか、今日の試合でどこへ立つかである。長友が代表の若い選手に伝えられるものも、海外で有名選手と並んだ思い出ではない。分からない場所へ入り、自分から関係を作り、ピッチで役割を果たした経験そのものだ。

図解
インテル 3-1 パレルモ、長友が右SBで先発したコッパ・イタリア決勝の推定配置

参照元に基づく配置です。インテル 4-3-1-2、パレルモ 4-3-2-1を示します。詳細は折りたたみで確認できます。

場面整理

参照元の試合ページ、公式発表、またはマッチセンターで両チームの先発11人と背番号を確認。ピッチ上の左右、ライン、距離だけを先発時の推定配置として扱い、放送グラフィックや公式座標の転載ではない。

出場選手を表示

インテル

4-3-1-2

  • 背番号1 ジュリオ・セザル
  • 背番号55 長友佑都
  • 背番号6 ルシオ
  • 背番号15 アンドレア・ラノッキア
  • 背番号26 クリスティアン・キヴ
  • 背番号4 ハビエル・サネッティ
  • 背番号8 チアゴ・モッタ
  • 背番号5 デヤン・スタンコヴィッチ
  • 背番号10 ウェスレイ・スナイデル
  • 背番号7 ジャンパオロ・パッツィーニ
  • 背番号9 サミュエル・エトー

パレルモ

4-3-2-1

  • 背番号46 サルヴァトーレ・シリグ
  • 背番号16 マッティア・カッサーニ
  • 背番号6 エセキエル・ムニョス
  • 背番号3 ドリン・ゴイアン
  • 背番号42 フェデリコ・バルザレッティ
  • 背番号8 ジュリオ・ミリアッチョ
  • 背番号94 アフリイェ・アックア
  • 背番号23 アントニオ・ノチェリーノ
  • 背番号72 ヨシップ・イリチッチ
  • 背番号27 ハビエル・パストーレ
  • 背番号9 アベル・エルナンデス

インテル 3-1 パレルモ(2011/05/29、2011年5月29日・コッパ・イタリア決勝/試合開始時)を、長友がコッパ・イタリア決勝でインテルの右サイドバックとして先発した試合として参照元に基づき配置。インテルは4-3-1-2、パレルモは4-3-2-1を参照して先発11人の関係を推定した。インテル公式の先発リストを基に、長友を右SB、キヴを左SBとして配置。パレルモ側も先発11人を確認し、座標だけを記事用に推定している。

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FC東京復帰後。右サイドバックでも役割を果たす

2021年にFC東京へ戻った長友は、クラブ公式の復帰コメントで、イタリア、トルコ、フランスで得た経験を東京の勝利へ還元したいと語っている。大切なのは、その言葉を肩書として扱わないことだ。古巣へ戻ってからは、左サイドバックだけでなく右サイドバックにも入り、過去に得た経験をいまの試合の中で使う立場になっている。

2025年10月17日の広島対FC東京は、その確認に向く試合である。サンフレッチェ広島公式の試合データでは、FC東京はキム・スンギュ、長友、アレクサンダー・ショルツ、森重真人、室屋成、遠藤渓太、高宇洋、東慶悟、マルコス・ギリェルメ、山下敬大、佐藤恵允が先発した。長友は背番号5で右サイドに入った。広島は大迫敬介、佐々木翔、荒木隼人、キム・ジュソン、中野就斗、川辺駿、塩谷司、新井直人、ジャーメイン良、加藤陸次樹、ヴァレール・ジェルマンが先発している。

右サイドバックの長友に必要なのは、左時代のイメージをそのまま再現することではない。遠藤が前へ出る時は背後を見て、ショルツが右へ運ぶ時は近くに逃げ道を作る。相手の中野や加藤が外から入ってくる場面では、早く寄せるだけでなく、中央の森重や高との距離も崩せない。長友が右にいることで、FC東京は左の室屋と合わせて、両サイドに経験のある選手を置けた。

FC東京公式の広島戦レビューでは、チームが粘り強く戦った試合として整理されている。スコアは0-0だった。無得点の試合でも、サイドバックの仕事は消えない。長友が右で受ける位置、遠藤との距離、ショルツの外側を支える立ち位置は、攻撃の派手な場面より分かりにくい。それでも、役割が変わった選手が試合を壊さずに立つことは、チームにとって確かな意味を持つ。

広島側の前線も、名前の印象だけでまとめない。ジャーメイン良は背番号9、ヴァレール・ジェルマンは背番号98で、別の選手として先発している。図は加藤陸次樹も含め、広島の前線3枚を分けて置く。長友の右サイドの仕事は、特定の一人だけを見る守備ではなく、外から中央へ入る複数の動きを受け止めるものだった。

復帰後の長友は、毎試合を一人で変える選手ではない。だが、右サイドバックでも試合に入り、必要な距離を取り、若い選手や新しいチームメートと同じピッチで競争する。そこに、海外経験を言葉だけで終わらせない姿がある。W杯26に向けた長友を見る時も、過去の走力より、現在の役割へ入り直せるかが問われている。

図解
広島 0-0 FC東京、長友が右SBで先発した試合の推定配置

参照元に基づく配置です。FC東京 4-4-2、広島 3-4-2-1を示します。詳細は折りたたみで確認できます。

場面整理

参照元の試合ページ、公式発表、またはマッチセンターで両チームの先発11人と背番号を確認。ピッチ上の左右、ライン、距離だけを先発時の推定配置として扱い、放送グラフィックや公式座標の転載ではない。

出場選手を表示

FC東京

4-4-2

  • 背番号81 キム・スンギュ
  • 背番号5 長友佑都
  • 背番号24 アレクサンダー・ショルツ
  • 背番号3 森重真人
  • 背番号2 室屋成
  • 背番号22 遠藤渓太
  • 背番号8 高宇洋
  • 背番号10 東慶悟
  • 背番号40 マルコス・ギリェルメ
  • 背番号14 山下敬大
  • 背番号16 佐藤恵允

サンフレッチェ広島

3-4-2-1

  • 背番号1 大迫敬介
  • 背番号19 佐々木翔
  • 背番号4 荒木隼人
  • 背番号37 キム・ジュソン
  • 背番号15 中野就斗
  • 背番号6 川辺駿
  • 背番号33 塩谷司
  • 背番号13 新井直人
  • 背番号9 ジャーメイン良
  • 背番号51 加藤陸次樹
  • 背番号98 ヴァレール・ジェルマン

広島 0-0 FC東京(2025/10/17、2025年10月17日・明治安田J1リーグ第34節/試合開始時)を、長友がFC東京の右サイドバックとして先発し、遠藤渓太との右サイドとショルツとの距離を担った試合として参照元に基づき配置。FC東京は4-4-2、広島は3-4-2-1を参照して先発11人の関係を推定した。サンフレッチェ広島公式の試合データとFC東京公式レビューを参照し、先発11人と背番号を確認。ピッチ上の座標だけを記事用に推定している。

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950日ぶりの代表戦。左CBで競争へ戻った

2025年7月12日の東アジアE-1サッカー選手権で、日本は中国に2-0で勝利した。EAFFの試合記録では、日本は早川友基、長友佑都、植田直通、綱島悠斗、望月ヘンリー海輝、田中聡、宇野禅斗、俵積田晃太、佐藤龍之介、原大智、細谷真大が先発している。長友は背番号5で、3バックの左に入った。中国側は閻駿凌、劉浩帆、蔣聖龍、朱辰傑、王世欽、巴頓、黄政宇、高天意、王鈺棟、韋世豪、張玉寧が先発した。

この試合は、長友にとって950日ぶりの代表戦だった。FC東京のインタビューで、本人は12試合連続で試合登録外だったことにも触れている。外から代表を支える時間が続いた後、左サイドバックではなく左ストッパーとして先発する。これだけでも、長友の現在地は単純ではない。過去の実績を持つ選手が、慣れた場所だけを求めたのではなく、新しい役割で競争へ戻った試合だった。

左ストッパーの仕事は、若い頃の長友像とは違う。何度も外を追い越すより、植田との距離を保ち、望月が高く出た後ろを管理し、相手2トップの片方が流れた時に外へ出る。綱島が右で前へ出れば、後方の人数と距離も気にしなければならない。長友はFC東京のインタビューで、左CBに可能性を感じたこと、長谷部誠のように年齢を重ねて役割を変える例も意識していることを話している。

同じインタビューで、長友は「今日ダメなら終わり」という趣旨の強い覚悟も語っている。これは感動的な話として持ち上げるより、競争の厳しさをそのまま受け止める言葉として扱いたい。代表に戻ったから安心なのではない。戻った試合で、左CBとして何を示せるか。本人はトップレベルへ向けて、まだ高める必要があるとも話している。

中国は2トップと中盤4枚を置く形で、日本の3バックへ圧力をかける場面を作ろうとした。長友の左側には望月ヘンリー海輝が入り、前へ出るタイミングが生まれる。長友はその後ろで、外へ出るか、植田との距離を守るかを選ばなければならない。左CB起用の意味は、まさにその判断にあった。

W杯26に向けた長友を語る時、結論は「経験があるから必要」ではない。経験を現在の配置に合わせられるか、若い選手へ声をかけながら自分も競争に入れるかである。明治大学で仲間を財産と呼び、イタリアで言葉の壁を越え、FC東京復帰後に右サイドバックも担い、代表では950日ぶりに左CBへ入った。長友は、過去の代表選手ではなく、W杯26に向けたチームでなお自分の役割を作り直している守備者である。

図解
日本 2-0 中国、長友が950日ぶりの代表戦で左CBに入った試合の推定配置

参照元に基づく配置です。日本 3-4-2-1、中国 4-4-2を示します。詳細は折りたたみで確認できます。

場面整理

参照元の試合ページ、公式発表、またはマッチセンターで両チームの先発11人と背番号を確認。ピッチ上の左右、ライン、距離だけを先発時の推定配置として扱い、放送グラフィックや公式座標の転載ではない。

出場選手を表示

日本代表

3-4-2-1

  • 背番号12 早川友基
  • 背番号5 長友佑都
  • 背番号22 植田直通
  • 背番号25 綱島悠斗
  • 背番号2 望月ヘンリー海輝
  • 背番号8 田中聡
  • 背番号17 宇野禅斗
  • 背番号20 俵積田晃太
  • 背番号21 佐藤龍之介
  • 背番号11 原大智
  • 背番号10 細谷真大

中国代表

4-4-2

  • 背番号1 イエン・ジュンリン
  • 背番号2 リウ・ハオファン
  • 背番号4 ジャン・シェンロン
  • 背番号5 ジュー・チェンジエ
  • 背番号24 ワン・シーチン
  • 背番号16 バ・ドゥン
  • 背番号6 ファン・ジェンユー
  • 背番号14 ガオ・ティエンイー
  • 背番号15 ワン・ユードン
  • 背番号10 ウェイ・シーハオ
  • 背番号9 ジャン・ユーニン

日本 2-0 中国(2025/07/12、2025年7月12日・東アジアE-1サッカー選手権2025/試合開始時)を、長友が日本代表の左センターバックとして先発し、植田直通、綱島悠斗と3バックを組んだ試合として参照元に基づき配置。日本代表は3-4-2-1、中国代表は4-4-2を参照して先発11人の関係を推定した。EAFF公式の先発と登録背番号を参照し、日本側は3-4-2-1、中国側は4-4-2の先発時の関係として配置した。ピッチ上の座標だけを記事用に推定している。

参照元

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リーグ・大会公式6+
クラブ公式5+
データ・記録1+
メディア1+

記事情報

AI利用情報

サムネイル画像はAI生成によるイメージを編集して使用しています。

画像クレジット

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